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独立記念日

8月31日はマレーシアの独立記念日でした。火曜日ですが、祝日です。
それぞれの建物や家にはマレーシアの国旗やサラワク州の州旗が掲げられています。

たくさんの旗

国旗と州旗

こんな感じのタクシーも!(ちなみにこれは本日に限らず、常に、だそうです。普通のタクシーはもっとシンプルですよ。)

タクシー

「merdeka(独立)!」「1malaysia(マレーシアは1つ)!」とバイクで旗を持って走っている若者もいました。
一見すると暴走族のようにも見えますが、愛国心豊かな若者です。

1957年8月31日、マラヤ連邦としてイギリスから独立を果たしたマレーシアは、この日を国民皆で祝います。西マレーシア側とは、民族・文化共に全く異なるボルネオ島のサバ州とサラワク州は、1963年にマラヤ連邦に加入し、マレーシア連邦政府の一員となりました。

8月31日に日付が変わる直前から、方々で打ち上げ花火があげられ早朝からパレードなどが行われますが、現在イスラム教の人々は断食期ですので、静かなお祝いムードが漂っていました。でも夜中の0時になった瞬間の花火は、激しく打ち上げられていました。

それにひきかえ、「日本の独立記念日はいつなの?」ときかれ、
「えっと・・」とパッと答えられない自分。すみません・・・(2月11日ですね。)

ちなみにmerdekaのときに限らず、あちこちに国旗や州旗は見受けられます。
学校には旗がいっぱいあるし、個人の車やバイクに旗がついてたりします。

この愛国心、見習いたいです。

そして、やはり日本の話にも・・「昔、日本はわるいことをしたんだよ。知ってるか。」と。
日本が支配していた時代もあったのです。心にズキッときました。
私は歴史にはあまりくわしくないのですが、やはり知らなくてはいけない事実。

だけど、今はこんなふうに受け入れてくれています。とてもフレンドリーに接してくれます。
でもその中で、そういうおもいもあるのだと真摯に受け止めていこうと思います。
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PDK Duyoh

PDK Duyohへ行ってきました。
朝5時半出発、バスにゆられること約1時間超。そこからバスにまた乗り換えるのですが、
本日はスタッフの方がお迎えに来てくれて、さらに車で20分くらい。

PDK Duyoh

月曜日の今日は大人の方メインで、自立支援や就労支援などを主としたプログラムです
朝の掃除をしているところでした。

朝の掃除

国旗&州旗の掲揚と、国歌。体操なども。

旗の掲揚、国家

談話、自己紹介など。

談話

本日のプログラムは料理。外の畑で野菜の収穫。

畑

野菜の収穫

メニューはピサン・ゴレン(揚げバナナ)とビーフン炒めなど。

料理~ピサン・ゴレン~

マレーシアでは男性もけっこう料理します。

炒めもの

手工芸が得意な方。

手工芸

数字があまり得意ではない方。

数字の学習

いろいろな方がいらっしゃいます。髪を切るのが得意な方、手工芸が得意で自分の店を持つ方。
結婚して子供がいる方、家事手伝い、小さい子どもの面倒をみている方。

2008年に開設したそうですが、この2年間で利用者さんにもいい変化が見られたそう。
プログラムは充実していて、自立の下地もできてきていると思います。いい活動しているなぁと思いました。

ステイ先の村の様子

今日は日曜日、家でゆっくりしています。
今日は完全、断食にチャレンジ中。日中は水分もとりません。

ステイ先のお宅です。現在はこの家の一部屋を間借りさせていただいているかんじ。

ステイ先

この道がこの村のメインストリート。

道路

交通手段はバイクが主流。もちろん車も見かけますが、みんな、バイクを自転車のように使っています。このあたりだと、ヘルメットなし、2人乗り、一家4人乗りとかも普通。
小さい子どもも親と一緒にバイクに乗って移動したりしています。

バイクに乗った親子

昔ながらの高床式の家。ちょっとわかりにくいけど鶏と猫。

鶏と猫

そんなこんなで日中晴れてたけど、今、夕方は雨降り。よく降るなぁ。
でもこっちの雨はだいたい短時間だけで、すぐ止みます。

夜はもう一人の隊員と少し、じゃらん・じゃらん(お散歩)、ここは家の裏の川岸。

家の裏側の川岸

ちなみに着ているTシャツは「United Voice」という知的障害アドボカシー団体(当事者団体)のものです。“Celebrating the Difference~違いをほめたたえよう~”というメッセージ入り。

家の裏側の川岸にて

家の前のバーガー屋さん。最近はハリ・ラヤ前でスルメも売ってます。

バーガー屋台

夜は家の前のバーガー屋台あたりで、いつもみんなたまっておしゃべりしてたり、今の時期、ハリ・ラヤ前だけらしいですが、爆竹や花火があちこちで鳴り響いています。アザーン(お祈りの時間を知らせる放送)も相変わらず大音量!

でもまあ平和なんじゃないかと思います。いつも歩いているとみんな、気さくに声をかけてくれます。
そんなところで、生活させていただいている今日この頃です。

体操プロモと聴覚障害者運営のケンタッキー

本日は土曜日で本来なら休日ですが、PDK PIBAKATのスタッフのお誘いがあり、活動してきました。体操のプログラム。もう一人の隊員の専門分野です。前任者もこのプロジェクトに関わっていた様子。日頃あんまり身体を動かしていないので(移動で歩くことはたくさんありますが)、わたしも一緒に体操!

まずはビデオを見て・・

体操、まずはビデオをみる

トライ!体操、頭の体操も兼ねたエクササイズ、ダンスのようなものまで5つのセクション。合計約20分。

体操やってみよう!

今年度通してやるプロジェクトで、専門家も関わっている様子。
とりあえず2ヶ月間やってみて、フィードバックするらしいです。

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帰りがけにケンタッキーに寄りました。
ここは聴覚障害者のスタッフで運営されているケンタッキーです。

聴覚障害者運営のケンタッキー

店内の様子。賑わってます。レジスタッフも聴覚障害の方なので、指差しなどでオーダー。
店員さん同士は手話で会話しています。

店内の様子

ケンタッキー用語の手話がポスターで貼ってあります。

ケンタッキーの手話用語

この店について書かれた新聞(中国語)

この店についての新聞(中国語)

壁に指文字のデザイン

壁に指文字のデザイン

店員さんたちとお話をしたくて、「旅の指差し会話帳」や筆談(マレー語)も交えてお話しましたが、やっぱり手話でもお話できるようになりたい。YASセンターのメンバーにも何人か手話を使っている方がいて、もっともっとコミュニケーションしたいです(マレー語もまだまだ未熟ですが)。地元の聴覚障害協会で、手話を習う予定はあるのですが、今は開講待ち。もう少し先になりそうです。

というわけで、どうやら日本の手話よりも先に、マレーシアの手話を覚えることになりそうです。

クチン・ヒルトンホテルで就労支援

本日はPIBAKATのYASセンターのメンバー数人とクチン・ヒルトンホテルに行ってきました。

クチン・ヒルトンホテル

ヒルトンといえば、一流ホテルです。就労支援、トレーニングの場所の開拓のためです。
スタッフの中に以前、ヒルトンで働いた経験のある方がいて、そこからつなげたみたいです。
ホテルのスタッフの方も、よい対応してくれます。

ホテル内を案内

レストラン
レストラン

厨房
厨房

洗濯、リネン。ちょっと挑戦。
洗濯、リネン

客室へ
客室へ

部屋のお掃除、シーツ交換
シーツ交換

タオルをたたむ仕事・・まずは手本を見ます。

タオルたたみのお手本

次は自分たちが実際にやってみます。

みんなで挑戦!

ホテルの中にもいろいろな人がいて、いろいろな仕事があります。
ここで働く形か、ホテルでトレーニングとして経験をつませてもらって次のステップへ、と考えているそうです。

就労支援、いろいろな方法があります。よい方向にすすめばいいなと思います。

CBR研修@クアラルンプール

8月23~25日までの3日間、首都クアラルンプールにてCBR研修を受けてきました。
約10名の隊員が参加。久しぶりに同期ともいろいろ話ができてうれしかったです。

昼のクアラルンプール

障害に対する考え方、サービスの背景。
日本とはまた違った、マレーシアならではの家族様式や地域社会の構造。
マレーシアのCBR(PDK)の歴史やコンセプトなどを学びました。
今後の活動の基礎として生かして行けたらいいなと思います。

最終日の午後には障害当事者による講義でした。
障害のある方の自立について、お話してくださいました。
まだマレーシアでは新しい考え方でもある、自立生活について、(日本もまだまだですが)
コンセプトは日本から紹介されたそうです。

主に重度の身体障害の方たちからはじまった考え方ですが、
ここでの「自立」は身の回りのことをすべて自分でやるなどの身辺自立を意味するのではなく、
誰かの手を借りながらでも、自立はできる。もともと人間は一人では生きていけないのですしね。
「自分で自分の生き方を選択すること、決定すること、その決定に対し自ら責任をもつこと。」

CBR研修

講師はお2人とも電動車いすを使用されてましたが、
バリアフリーの整っていないマレーシアでは車道を通らなくてはならず、
それでも帰り道をどんどん軽快に行く姿は頼もしかったです。

わたしの赴任地サラワク州クチンにはまだ自立生活センターなるものはないのですが、
講師の方は、来年あたりにできたらと考えているそうです。何かしらで関われたらいいなと思います。

首都クアラルンプールに上京

首都クアラルンプールに上京してきています。
明日から行われる福祉分科会のCBR(PDK)研修に参加するためです。
飛行機に乗って1時間40分。今回はマレーシア航空利用。

マレーシア空港の飛行機

クアラルンプール、アンパンパーク付近の「おもいやり」のある風景。

おもいやりのある風景

みつけられましたか?「omoiyari」・・青い看板。

ツインタワーの下にあるKLCC。内部はすごく賑わっています。
マレーシアの六本木ヒルズのようなところです。
“ISETAN(伊勢丹)”と“KINOKUNIYA(紀伊国屋書店)”も入っています。

KLCCの内部

夜のツインタワー。光り輝いてます。
片方は日本、片方は韓国、2つの間の橋はフランスの企業がつくったらしいです。

夜のツインタワーとISETAN

都会だ・・・クアラルンプール・・・

久しぶりに同期に会って、話も出来てうれしいです。
さて、明日から3日間、研修がんばります。

日本の学生がやってきました。

先日の日記でも少し書きましたが、19日から2泊3日でステイ先に日本人の学生さんたちがやってきました。

大分にあるNPO法人で、日本国内の森林保護や農山村社会の維持発展と熱帯雨林の保護や再生などに取り組んでいるそう。今回は植林のプログラムがメインで来たそうです。

私のステイ先に女の子2人、もう一人の隊員のところに男の子2人。
全部で10人くらいでしょうか。高校生の子も一人いました。
一般の方もいて、その方たちはホテルに泊まっているみたいです。
そのNPOの事務局長されている方は、農業系の学校の先生で、来られるのは8回目とのこと。

19日の夕方に来て、20日に植林、21日の朝に出発という形です。
ステイ先の家族はそこまで英語が得意ではなく、日常会話はマレー語なのでたまにプチ通訳したり。

2日目の夜に家の近くで、学生さんたちがおみやげで持ってきたシャボン玉で遊ぶの図。
地元の方たちが家の2階からシャボン玉をとばしています。

しゃぼん玉とんだ

家の裏の川岸にて。学生さんたち後ろになっちゃいましたけど、すみません、笑。

川岸にて・・

今は断食月なのでみんな、夜はとっても元気!

実質的に家にいた時間はほんと少しであっという間でしたが、学生のパワーいいなぁって思いました。協力隊やってみたいっていっている学生さんもいました。

ステイ先の学生さん2人と、ステイ先のお母さんと私。

ステイ先のメンバー

日本を離れ、マレーシアに来て現地訓練1か月、クチンに来て1か月。
もうあっという間に2か月がたちました。残りの任期は1年10カ月。
私も活動がんばろっと!きっと自分にも何かできることがある!かなぁ・・

明日から首都クアラルンプールに上京します。来週23~25日にJICAで行われる福祉分科会の研修のためです。
久しぶりの都会だ・・久しぶりに同期のメンバーの何人かとも会えます。楽しみです。

PDK Petra Jayaヘ

本日はPDK Petra Jayaに行ってきました。福祉局から一番近いPDKです。

PDK Petre Jaya

子どもたちです。(上手く撮れてないですが・・)

子どもたち

月曜日と火曜日は大人の方たちで、22名ほどの訓練生がいるそうです。
水曜日は脳性まひの方達
木曜日と金曜日は自閉症、ダウン症、ADHD等の子どもたち(就学前)メインです。 ←今日はココ

奥のキッチンの方では20代~30代の女性がpopiaという食べ物を作っていました。
月曜と火曜に通ってくるなかでも、もう上手にできる方たちは毎日きているそうです。

popia作り

仕事としていずれ給料がでるように、いろいろしているところだそう。
今は訓練生として。バナナケーキなどもありいい香りがしていました。
断食明けのお祭り、ハリ・ラヤに向けてけっこう注文が入っているとのことでした。

ここにもスヌーズレンのお部屋がありました。

スヌーズレンのお部屋で

子どもたちはかわいいし、スヌーズレンのお部屋でリラックスできました。

本日は短時間の訪問でしたが、またあらためてお伺いする予定です。
次回は自分が関わる可能性の高い、大人の方たちがいらっしゃる月曜日か火曜日に行けたらいいなと思います。

復活!→PDK Bauへ

おかげさまで復活しましたので、活動再開です。
本日はPDK Bauに行ってきました。

PDK Bau

もともと自分たちだけでバスで行く予定だったのですが、
ちょうど福祉局のメンバーもいくということでいっしょに。
監査のような形で、いろいろ記録や会計などチェックしているようでした。
そのあと昼前に私たち2人だけ残してもらうようにお願いして、1日いました。

ここにはスヌーズレンのお部屋もあります。(上手く写真とれませんでしたが・・)

スヌーズレン

活動の様子。10歳の男の子、かわいかったです^^

PDK Bau活動の様子

PDK Bauのスタッフが同じ地域のPDK Duyohにも連れてって紹介してくれました。
後日、あらためて伺う予定です。

帰りはバスで1時間。少しずつ、少しずつ活動範囲が広がっていきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

本日、大分県から日本人学生が10人ほど村にホームステイにきています。
わたしのステイ先に2人女の子が。もう一人の隊員のところにも2人男の子が。
明日、植樹に行くそうです。

クリニックへ・・

熱などはだいぶよくなったものの、本日は念のためクリニックにいってきました。
数日ですぐよくなるでしょうとのことで、一安心。
もう一人の隊員のステイ先のお母さんが連れてってくれて、先生もやさしかったです。
やっぱりちゃんとわかると、ほっとするものです。

そして処方されたお薬たくさん・・・カラフルで大きい・・

お薬たくさん

とりあえず、今日は休んで、早く活動再開したいな~

発熱38℃~1日静養~

本日、いつものように朝6時に体温を計ると・・38℃。
ということで、今日は一日お休みして静養していました。

JICAにもらった健康に関するリーフレットを引っ張り出して・・
たぶんマラリアではなさそうだし、咳はないからインフルではないし。
頭痛と眼球後痛、腰痛あり・・あてはまる可能性あるとしたらデング熱!?
だけど、39~40℃の高熱ってほどでもないし、発疹もまだないし。
たぶん違うと思います、というか違うことを祈ります。

とりあえずデング対応でも大丈夫な、パナドールというお薬を飲んで1日寝てました。
現在、熱は37度前後で落ち着いてます。

早く良くなりたいなぁ・・

机の上の小物たち

~本日の相田みつをさんの言葉~
 「くるしいことだってあるさ 人間だもの  まようときだってあるさ 凡夫だもの  
  あやまちだってあるよ おれだもの」

PDK PIBAKAT&YASセンター

8月12日と13日は再び、PDK PIBAKATへ行ってきました。

今回は自分たちだけでの訪問。
ステイ先から徒歩30分→サラワク川の小舟→徒歩10分→バス10分→徒歩10分というルートです。

はじめてのバスでしたが、優しい運転手のお兄さんのおかげで、大丈夫でした。
バスは1リンギ(30円)。時刻表はあるのかどうかよくわかりません。
とりあえず、乗車口は開けたまま走っています。

木曜日は20歳以上の大人の方たちが対象です。
理学療法的なリハビリテーションがメインです。

金曜日は主に就学前の子供たち(ADHD、自閉症)の子たちでまた雰囲気が違います。
挨拶の歌や体操、ダンスにはじまり、椅子取りゲームやなわとび、遊具をつかっての感覚遊び、水浴び、勉強、パズル、親も交えてのお茶(minum)の時間などとても充実したプログラムでした。
スタッフの人数が多くて、恵まれているなぁと感じました。

椅子取りゲーム

午後にはPIBAKATが運営しているYAS(Youth and Adult Service)センターにも行ってきました。
すぐ近くの貸し家を1軒利用したような形のセンターです。

YASセンター

入口の横には前任の隊員が作ったポスター(折り鶴つき)が・・

Kita boleh kerja!

「Kita boleh kerja!」(私たちは働くことができる!)
前任者が就労支援として関わったメンバーが現在働いている写真と場所とが地図で示してあります。
お昼にはスタッフと一緒に近くにあるメンバーさんが働いている飲食店へ行ってきました。

木曜日と金曜日には、17才くらいから45才くらいのメンバーが約20名ほど通ってきています。
レクリエーション

本日は活動の一つ、クッキー作りのお手伝いをしました。

クッキー作り

ほかにも手工芸品などを作っています。
今、お菓子の質(ラべリングなども)をあげたり、種類を増やしたりするためにいろいろ動いてる様子。
手工芸品などもいろいろ模索しているようです。

スタッフの中にはメンバーさんの母親もいて、よい取り組みをしていると感じます。
でもその中で、日本のものも参考にしたいというようなことをいってくれました。
いっしょに考えさせてもらえたらいいなと思います。

何かよいアイディアなどあったらぜひ教えてください。よろしくお願いします。

断食(puasa)がはじまりました。

イスラム暦9月(ラマダン)は断食月。本日8月11日より、イスラムの方たちは、いよいよ断食(puasa)がはじまりました。この1ヶ月間は、イスラム教徒は日の出から日没までの間は飲食禁止、煙草もダメ。食事よりも、水分が取れないというのはなかなか厳しいと思います。

※ちなみにイスラム暦は太陰暦で1年は354日。西暦より11日短いので、ラマダンも西暦では毎年11日ずつ早くなります。

病人や妊婦、乳幼児などはしなくてよいことになっていますが、特別なことがない限り、みんな行います。子どもは物心ついた3歳くらいから少しずつはじめるそう。方法は各家庭によって異なるが、最初は午前中だけ水を飲まないことから始め、次は昼食を抜くなど、徐々に断食の時間を延ばしていくようです。幼稚園や小学校に入ると、子ども同士で断食の進み具合を競うようになり、小学校高学年までには大人と同じように断食ができるようになるみたいです。

自分はまだ慣れないうちにいきなり完全に断食は無理なので、少しだけご一緒に。
とりあえず今朝は4時に起床してステイ家族と一緒に朝ご飯を食べました。
外はまだ暗いですが・・・

外はまだ暗い・・

この時間にまあまあなボリューム!

puasa朝ご飯

そして本日は朝5時12分、断食開始です。(時間は毎日少しずつずれていきます。)
わたしはとりあえず食べてから、また寝ました。

職場ではイスラムの方も民族の方もいます。お昼は中華系のスタッフの方が、ごはんを買ってきてくれました。野菜とご飯のみですが、いただきました。

夕方6時半ころ、ステイ家族が用意できたよーと声をかけてくれたので、1階に降りていくと・・ごちそう!

puasa夕ご飯2

puasa夕ご飯

2番目のお姉さん家族5人もきていました。そして今か今かと、断食おわりの放送を待つみんな。
6歳の末の娘なんかはもうそろそろ限界のようです。

puasa終了放送待ち


夕方6時52分、いつものようにアザーン(お祈りの合図の放送)が聞こえ始めると、手を前にしてお祈りの言葉を言って、いっせいに食べ始め&飲み始めました。

そんな感じで、この断食(puasa)は1カ月続きます。それが終わったらだれもが楽しみにしている1年で最大のお祭り、Hari Raya(ハリ・ラヤ)!もちろん、マレーシアだけでなく、全世界のイスラム教徒がいっせいに断食します。日本ではあまり、感じられなかったけど、それってなかなかすごいことですよね。

断食に関しては、まだまだわからない部分も多いですが、
とりあえず、明日も4時起き!がんばろ~

サラワク盲人協会へ

8/10(火)はシニアボランティアが出張でこられているサラワク盲人協会におじゃましてきました。

サラワク盲人協会

そのシニアの方は鍼灸マッサージ師として現在首都のクアラルンプールを中心に活動されており、今回は1週間のクチンへの出張です。

現在、サラワク盲人協会では8人の訓練生たちが鍼灸マッサージを学んでいます。
訓練生といっても10代から上は40代まで、さまざまな年代の方がいます。
また民族もさまざま。イバン3名、中華系2名、マレー系1名、ビダユー1名、カヤン1名だそうです。
8名中3名は弱視で、5名は全盲の方。

このコースは不定期で開催され、寮生活を送りながらの10カ月のコースだそうです。現在1ヶ月半目くらい。
月曜日から金曜日までの、8時半~12時半と14時~16時が訓練の時間になります。
先生は一人。シニアボランティアの教え子さん(卒業生)です。その23才の中華系の若い先生も全盲なのですが、とてもしっかりされています。
普段は1名だけで、全時間帯を教えているそう。なかなか大変だと思います。

そのほかにも、ラタンを使ったかご作り、ひよこを入れる箱の組み立てなどもやっているようです。
また、修了生によるマッサージセンターも敷地内にあるそう。1時間、23リンギ(690円くらい)の格安です。
障害者の授産所的なところもあるようで、また、シニアボランティアいわく、まだまだレベル的には不十分とのことでこの値段になっているようです。ちなみに相場は、1時間、40リンギ(1200円)くらいだそう。
それでも日本にくらべたらずいぶん格安ですが・・

本日の午前中はマッサージの実技の練習です。

マッサージの実技

というわけで、午前中はマッサージをしてもらっちゃいました。普段は先生を入れても9人の中だけでやっているため、いろいろな方のマッサージをする経験は大切なようです。しかも男性ばかりなので、また少し違った感じになるようです。
今はまだ1ヶ月半目なので、頭と首、腕まで。おかげさまでだいぶ軽くなりました。

午後は人体模型を使っての講義のような形でした。

人体模型を使っての講義

その人体模型は昨年、日本から寄贈されたものだそう。
視覚障害のある方にとって、実際手で触って分かるようなものは説得力があるようです。
シニアボランティアの方も、先生も全盲なので、アシスタントとして私ともう一人の隊員が入りました。
といってもたいしたことはしていませんが・・自分たちも勉強になりました。

ちなみに、サラワク盲人協会の車。日本の国旗とJAPANの文字が・・・昨年、日本から寄贈されたそうです^^

サラワク盲人協会の車

このサラワク盲人協会はPDK PIBAKATの道向かいにあります。

シニアボランティアの方から、コラボレーション、何かを一緒に構築できるような、そんな働きかけができたらいいね、とのアドバイスをいただきました。

何ができるかはまだわかりませんが、いずれは何かそういうことができたらいいなと思っています。
まずは知ることから、だんだんはじめていけたらいいな。

カウンターパートとご相談

そんなわけで、本日はカウンターパートに少しお時間をとっていただいて、ご相談。

ちなみにカウンターパートとは、ボランティアの協力活動を共同で遂行する現地側(配属機関や任地)のスタッフ(ボランティアの上司や同僚、あるいは村落における村人や学校における学生等)のことです。
私たちの場合、各活動現場では担当職員(PDKワーカーなど)が技術伝達の対象者になりますが、全体的な活動計画や活動内容の検討などについてはカウンターパートとともに行う形になります。

カウンターパートは 40代くらいのマレー系の女性で局長補佐、PDK部門のとりまとめをしているオフィサーさん。もう一人、障害福祉部門の長の女性もカウンターパートとしていてくれているのですが、ほとんど目の届くところにいないので・・。


☆要請内容の確認

当初はサラワク西地区16か所のPDKと書いてあったけれど、要請を出した以後にPDKの数が増えたことと、現在サラワク西地区に隊員はいないため、サラワク全土23か所を対象と考える。
とりあえずは行ける範囲のところから。またNGOや関連組織ともネットワークを広げていく。


☆サラワク州福祉局のこと

社会福祉局自体にはけっこう人はたくさんいるのですが、いまいちまだ全体像がつかめず・・
障害部門担当は5名。ほかにジョブコーチ(障害者の就労支援)をしている方もいるらしい。
個人的に自作の席順表を作成中なので、ぼちぼち把握していきたいと思います。


☆PDKなどなどの巡回のこと

事務所には週2日出勤で、あとは外まわりでもOK!とのこと。 とりあえず今週は本日と水曜日に出勤予定。
明日火曜日はサラワク盲人協会、木曜と金曜はあらためて「PDK PIBAKAT」に行く予定です。
木曜日は20歳以上の方が対象、金曜日は自閉症やADHDの方が対象の日で、午後はスポーツクラブもあるみたいなので、この前行った月曜とはまた違った感じになるかと思います。 さて、うまくバスでたどりつけるだろうか・・

そんな感じで、これから自分たちでどんどんネットワーク開拓していきます。
どうなることやら、まだわかりませんが前任者が残してくれたメモも頼りに、訪ねていく予定です。
いろいろな人たちに会えるのが、またとても楽しみです。

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~今日のお昼ご飯~

食事はだいたい近所のフードコートに行きます。

フードコート

本日はクイティオウ・ゴレン。美味しいです。これで3リンギ(90円くらい)
飲み物アイスティーは1.2リンギ(36円くらい)ちなみに、飲み物は基本、あまいです。

本日のランチ

食べ物は安くて、恵まれていると思います。

イスラムの方たちは、数日後にはpuasa(断食)が始まります。どんな感じなんでしょう。
日本にはない、初の体験です。だんだん近づいてくるので、ドキドキです・・

そろそろ動きだしたい・・

赴任してから約半月・・・

月曜日にやっとのことで初のPDKに同行させてもらいましたが、来週からはもう、自分たちだけで行けるとこにどんどん行ってしまおう!ということにしました。

これまでの2週間はオフィスにいることが多かったのですが、やっぱり現場をみなくちゃ始まらない。
この約10日間、いろいろインターネットや資料から情報収集&整理したし、バスの路線やPDK・団体の所在などもだいたいわかったし、下調べはここまでにしてそろそろ動き出したいと思います。

そんなわけで来週月曜日に出張から帰ってきたカウンターパートと相談予定です。

サラワク川の風景

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

月曜日・・初のPDK訪問「PDK PIBAKAT」

ステイ先の孫が1週間ほどクアラルンプールから遊びに来ました。孫といっても18歳の男の子。日本語がちょっと話せて、「ななさん」と呼んだので「“さん”はいらないよー」といったら「じゃあ、ななねえちゃん」と呼んでくれました。かわいい…

 
火曜日・・銀行口座開設に行く。

VISAの名前が姓・名逆になっている(日本語のときの順番のまま)ことに気がつきました。しょうがないので、それで銀行口座開設。そのため生活費の小切手が入金できず・・。VISA申請時に確認したつもりだったのに気がつかなかった自分にちょっとへこみました。


水曜日・・シニアボランティア隊員の方のクチン来訪

クアラルンプールからシニアボランティアの方が1週間出張でこられました。この方は全盲の方で、前に2年間マレーシアのペナン島で活動し、今は短期で首都のクアラルンプールで視覚障害の方たちに鍼灸マッサージを教えています。すごい方だなぁと思います。


木曜日・・jalan-jalan(お出かけ)

家に帰ってきたら、もう一人の隊員のステイ先家族が連れ出してくれました。どこにいくのかと思えば、布屋さんへ。

布屋さん

もうすぐ1カ月の断食(puasa)が始まるのですが、それが終わると断食明けのお祭り「Hari Raya(ハリ・ラヤ)」があります。
そのときにみんな新しい服を着るのです。それに便乗して私たちも布を購入。布は2m×上下でだいたい40リンギ(1200円)しないくらい。

そのあとはSpringという大型ショッピングモール、なかなか広くてきれいなところ。「Sushi King(すし金)」という回転寿司も入ってました!


金曜日・・ケンタッキー、服の仕立て依頼

金曜日は昼休みが長い日。カウンターパートは出張中。同僚の方が近くのちょっとしたモールに連れて行ってくれました。
マレーシアで初のケンタッキーを食べました。

昨日買った布を、近所のおばさんのところに持っていき、仕立てを依頼。どんな風に仕上がるのか楽しみです。


土曜日・・サラワク盲人協会の方と散策

シニアの方の今回の出張先であるサラワク盲人協会のメンバーや関係者といっしょにサラワク川のあたりを散策しました。

サラワク盲人協会のメンバーと散策

小舟に30分くらい乗って川を行き、散歩しながらいろいろお話して、昼ご飯を食べて、自己紹介などあらためてして解散。楽しかったです。

サラワク盲人協会のメンバーとお話

サラワク盲人協会には来週おじゃまする予定です。

夕方からは同期のシニアもいっしょに3人でサラワク川の遊覧船に。
その後、クチン隊員4人と出張でこられているシニアの方みんなで食事をしました。


日曜日・・本日。

そんな感じで、今日は日曜日。洗濯したり、部屋の掃除をしたり。身体を休めたり。音楽(Kiroro。マレーシアでも人気あり)を聞いたり。
インターネットがときどき切れるので、書いた文章が消えたり・・泣。

夕方には地元の日本人会の方の集まり(テニスクラブ)があるみたいなので、ご挨拶に行く予定です。こういうつながりは大事ですよね。
テニスはたぶんこっちでは本格的にはやらないと思いますが。(硬式だし、道具とか揃えるにはお金もかかりそうだし・・)


せっかくなので、何かここでしかできない新しい趣味をみつけたいなと思っています。地元の人たちと交流できるようなもの。こっちの手話とか習いたいな。あと踊りとか楽器とか。
こっちの料理、歌なんかも覚えられたらいいなと思います。

クチンの猫


~今日の相田みつをさんの言葉~
「毎日毎日の足跡が おのずから人生の答を出す」

2年という限られた期間。1日1日を大切にしたいと思います。
あせらず、でも一歩一歩、進んでいけたらいいな。

初のPDK訪問~PDK PIBAKAT

8月2日(月)に初のPDK訪問に行ってきました。「PDK PIBAKAT」というクチンにあるPDKです。

PDK Pibakat

PDKとはマレー語で、“Pemulihan Dalam Komuniti"~地域に根差したリハビリテーションという考え方です。
一般的に英語でCBR(Community-Based Rehabilitation)といわれています。
障害のある方に対する支援の方法で、地域社会中心型アプローチという形です。
日本ではまだ、あまりメジャーな言葉や概念ではないかもしれません。主に発展途上国でよく発達しています。
ここでのリハビリテーションは、単に身体的な狭義のリハビリテーションを指すのではなく、障害に対する取り組み全体を意味します。

「PDK PIBAKAT」には18人のワーカーがいるそうです。
身体的なリハビリテーションが充実していて、オリーブオイルを使ってのマッサージなどを、スタッフ2人に親子という感じで手厚くやっている感じでした。ポジションどりなどしっかりしていて、きくと、やり方についてはJICAの協力隊の人から指導してもらったそう。
リハビリテーションのための物品はマット、ボール、クッション、楽器など揃っていました。

PDK PIBAKATにて

活動時間帯は ①8:30~10:00、②10:30~12:00 の2コマ。

月曜日―脳性まひ                   ←今回は月曜だったのでここ
火曜日―脳性まひ(自力歩行可)
水曜日―脳性まひ(月曜とは別のグループ)
木曜日―脳性まひ(20歳以上の大人) 
金曜日―自閉症、注意欠陥多動性障害(ADHD) *14:00~15:30はスポーツのクラブ

作品も少し見ましたが、しおり、編み物、紙製品、ビーズ製品などがありました。
活動内容の一部には、社会スキル、日常生活スキルの向上、外出企画などもあるようです。

今回の訪問に関しては、まだ短時間のみであったため、少ししかわからないですが、やっぱり現場はいい。
曜日によってもだいぶ雰囲気が違うんだろうなぁと思います。

サラワク州内には現在、23か所のPDKセンターがあります。ちなみにクチンには7か所。
一番遠いところだと、クチンから車で12時間(飛行機なら1時間)以上かかるみたいです。
とりあえず、初回巡回は全部のセンターを回る予定です。ぼちぼちやっていこうと思います。

クチンでの生活

7月21日の夜にクチンにきて約10日が経ちました。
ホームステイをしていると、いろいろな家族の行事や地域のイベントなどに参加する機会がよくあります。

来てから数日は表敬訪問やら、職場への挨拶、ホームステイ先への移動、ビザ関係などいろいろ手続きをしたり、荷物の整理したり。

24日にはすでにクチンにきている先輩と一足先に赴任した同期のシニア隊員お二人が歓迎会のお食事会してくれました。

25日にはもう一人の隊員のステイ家族がPasar Serikinという市場に連れて行ってくれました。車で約一時間、服から食べ物、工芸品などなんでもある感じでとてもにぎわっていました。マレーの寝巻きbaju tidurを18リンギ(540円)、スカートを10リンギ(300円)で購入。

Pasar Serikin 野菜たち

26日からサラワク州社会福祉局にいっています。

29日の夜にはJICAの障害福祉関係のプロジェクトをやっているメインの方と東京大学の障害学の先生が、地元の大学がやっている国際セミナーに参加するためにクチンに来ていたので、いっしょにお食事させていただきました。
JICAプロジェクトの方は、元・クチンの隊員だった方です。
東大の教授はちょうど訓練所にいるときに、自主講座で来てくださったことのある先生で連絡をとりあっていたので、お会いできてよかったです。先生も協力隊隊員経験者でした。

30日は家に帰ったらなぜかテレビカメラと撮影スタッフが・・・
ホームステイのプロモ撮影だとのことで、わけもわからぬままマレー語でインタビュー。
カメラ苦手なわたしは緊張しまくりでした。
その後、近くの講堂で伝統的な踊りを見せてもらいました。
イスラム、ビダユー、イバンなどなど・・素敵でした。

31日は近くのサラワク川で船のレースの大会がありました。
とても盛り上がり&にぎわっていました。

レガッタレース

ちなみに写真手前ではなく、奥です!小さいけど見えますか?

夜は明日の結婚式の準備のお手伝いをしました。
今度、できたらまた写真載せますが、卵をきれいに飾ったものが置かれます。
bunga telur(卵の花)といわれるマレー式の結婚式には伝統的なものだそうです。
それを包むのをお手伝いしました。

結婚式のBunga Telur

マレーの方、みんな活動時間遅いんですよね。。。
22時頃から親戚の家に出かけたりとか。0時過ぎても全然平気な子供たち。
わたしはもう0時過ぎたら眠いです・・
式の設営の準備とかは親戚一同、総出でやるみたいです。

8月1日にはその結婚式にいってきました。
もう一人の隊員のステイ先の親戚の結婚式なのですが、わたしもついでに・・
たくさんの人!ちなみにふつうにウェディングドレスでした。
式の前にはコーラン(イスラム教の聖典)を読んでいましたが。

コーランを読んでます

新郎新婦と大勢

どうやら結婚式は3日間にわたってやるみたいで、1日目が契約、2日目が新婦さん側の家、3日目が新郎側の家がメインでやるみたいです。

そのあとは自分のステイ先のお姉さんの子供の10歳の誕生日会。

Happy birthday!

ケーキにはピカチュウとドラえもん、オレンジの猫のキャラクター(名前忘れた・・)が乗っていました。カラフルなバタークリームです。

カラフルケーキ

マレーの方は家族や親戚、近所づきあいをとても大切にしています。

夜は遠くで花火が見れました。川向こうに見える花火はなかなかよいものです。

花火

・・・そんな感じで明日からまた社会福祉局に出勤です。
ついに明日は初めてのPDKへの訪問。楽しみです。

現地訓練→クチンへ赴任までのこと

6月23日に日本を出国してから、首都クアラルンプールでの約1カ月の現地訓練やブリーフィングなどを終えて、7月21日にコタキナバルに寄ってから、その日の夜に任地ボルネオ島のサラワク州クチンへとやってきました。

クアラルンプールではドミトリーに加え、約17日間のホームステイ@PutraJayaをしながらの10日間の現地語学訓練などを行いました。

クアラルンプールの風景

私がお世話になったところは、5歳と4歳の女の子と10カ月の男の子がいるイスラムのお家で、とても楽しい日々を過ごしました。お父さんは特殊教育関係の省庁に勤めつつ、ustazというイスラム教の指導者もやっていて、お母さんは今は子供が小さいので基本的に家にいて、家で服を縫う仕事もしているようでした。30歳前半の若い夫婦です。ほとんど毎日子どもと遊んでました。

Pesta Bunga(花の博覧会)にて

手を使ってごはんを食べる方法を教えてもらったり、いろいろなところにつれていってもらったり、

みんなでお出かけ

川で服を着たまま水浴びしたり、

川で水浴び

初めてのドリアンを食べすぎて少々体調くずしたりもしましたが・・・

ドリアンをわってくれてる

折り紙を折ったり、絵を描いたり

折り紙で遊んだり

浴衣を着せてあげたり、マレー服の着方を教わったり、

浴衣の着付けしたり

イスラムのお祈りの方法をみせてもらったり・・・(奥の男の子二人は近所の子です)

お祈り

ここに書ききれないほどの思い出がたくさんです。

KLでのステイ先一家

ホームステイプログラム終了日前日にステイ先のお母さんがマレーの服、バジュクロンを2着縫ってくれました。
最近はだいたいそれを着て職場、サラワク州福祉局に出勤しています。

Kuching(クチン)はマレー語で「猫」の意味。あっちこっちに猫がたくさんいます。猫の置物も街のあちこちにあります。
ちなみに鶏もたくさん歩いています。
きくところによると田舎の鶏は猫よりも強いらしいです。

クチンの街中

サラワク川がすぐそこに流れていて、小舟で向こう岸に渡してくれます。人もよく、なかなか住みやすいところだと思います。

サラワク川の渡し船

クチンではホームステイというか、間借りという形になりました。
ちゃんと自分の部屋はあるので、大丈夫です。
基本的には、お母さんと親戚のおじちゃんと、息子がいます。

イスラムのお宅で、メッカにもいったことがあるご夫婦です。
(メッカに巡礼にいった人には名前に男性はHaji、女性はHajahがつくそうです。)
お父さんは70歳くらいで、基本的に娘の家の方に住んでます。
元気です。たまにこっちにも泊まりに来ます。
息子は23歳くらいですがustazです。
お姉さんが6人いるそうですが、今はみんな結婚して、別のところに住んでいるそう。
1番上が40代で一番下のお姉さんが29歳っていってたかな?
Hari rayaというイスラムの断食明けのお祭りにはみんなこっちに帰ってくるそうなので楽しみです。

まだまだわからないことがたくさん。
少しずつ、少しずつ、知ることからはじめていけたらいいかなと思います。

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プロフィール

Kuching Nana

Author:Kuching Nana
静岡県浜松市出身。
現在マレーシアのボルネオ島、サラワク州クチンを拠点に、青年海外協力隊(JOCV)として活動しています。
職種はソーシャルワーカー。障害者福祉分野。PDK(CBR)巡回。
派遣期間は2010年6月から2年間の予定です。

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